壺齋散人の旅
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仙台を巡る:陸前小紀行その三




八月八日(金)陰。七時起床、八時に朝食。これもまた質量ともに十分なり。食後ロビーにて新聞を読み、九時近く旅館を辞す。仙石線は結構混みあひてあり。仙台駅につくや、荷物をコインロッカーに預け、市内循環バスに乗らんとして乗り場を探したれど、なかなか見つけることを得ず。ここのバス乗場のインフォメーションは極めて不親切なり。駅にて偶然出会ひし地元の人に尋ね、やうやくその場所に至ることを得たり。

ループルなる市内循環バス乗場に至り、バスの来るのを待ちしがなかなかに来らず。インフォメーションには十五分おきに走るとあれど、三十分待てども来らず。いらいらしをるところに、バス乗場の整理員二人の客を連れ来たり、我が前に割り込ませんとす。余、整理員に向かってどういふつもりかと問ふ。整理員の弁解するには、こちらの不手際によりこのお客さん方にご迷惑をおかけしました。それ故、次のバスに真っ先に乗っていただきたいのです、と。余答へて曰く、乗っていただきたいのはわからぬではないが、前から待っている者たちはどうなるのだ。我々はもう三十分以上も待たされてをるのだぞ、本来なら臨時バスを手配して我々の迷惑を解消するのが筋なのに、お前さん方の不手際の尻拭いまでさせられるのは筋違ひだと。

バスの整理員は、よほど厚顔と思しく、余のいふことに応へざるばかりか、ただただ自分の顔に免じて大目に見よといふのみなり。余はさすがに立腹し、そんな顔は見たくもないから立ち去れといふに、この様子を傍で見ていた件の客は、他の人々の眼もあればとて、自分たちから列の最後尾につきたり。この客のことはともかく、整理員の強情非道ぶりには、ほとほとあきれはてたり。世の常識を無視して、己の利害を貫かんとす。まさに雲助根性丸出しなり。:

やっと来れるバスはすぐ超満員になり、待ちをりし客をすべて乗せることを得ず。余は幸に乗ることを得たれば、それに乗りて、瑞鳳殿に至る。瑞鳳殿とは、伊達正宗の御霊屋とて、正宗の遺体を収めをるところなり。昭和二十年の空襲にて一旦消失せしが、その後もとのままに再現せられしといふ。

ついで、仙台城跡に立ち寄る。ここは、青葉山麓の臨時停留所に下車し、そこよりマイクロバスに乗り換へて運ばるるなり。現地には地元のボランティア待ちかまへをりて、城跡を案内せらる。ボランティア氏が最も熱心に説明せしは3.11のことにて、この仙台城も地震のために大きな被害を蒙れる次第を詳しく説明せらる。慰霊塔の上部の像崩落し、また石垣やら土塀の一部損壊せし由なり。

城跡の一角に護国神社あり。その名の通り、戦死者の霊を祭りをるところなり。目下神社の一角に戦艦大和の縮小模型展示せられ、大いに戦意高揚に勤めをれり。神社の中には平和を旨とするものもあれど、靖国系の神社はいづこも好戦的なるが如し。

見物後、またバスに乗りて麓に至り、そこよりループルに乗る段取りなりしが、またもやバスはなかなか来たらず、やっと来たかとおもへば、待てる乗客の多くを積み残し去りぬ。このバスの運行計画は、一体どうなりをるのか。乗客は前払式一日乗車券を買いをれども、乗車の権利をまともに行使することを得ず。バス事業者(仙台市交通局)は、金だけ前金で受け取りて、客に最低限のサービスをも提供せず。殆ど詐欺といふべきなり。







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