旅の終わりに、あひるたちを乗せたバスは、丹後の天の橋立に立寄りました。
大昔から、日本三景の一つに数えられているほど、
眺めのよいことで有名なところです。

ケーブルカーに乗って、山の中腹までいくと、見晴台からよくみることができます。海の真ん中に、くちばしのように細長い砂洲が、横たわっています。
これが、天の橋立です。くちばしの左側は与謝の海、
右側は阿蘇の海というのだそうです。

天の橋立というからには、高天原の神話と何か関係があるのでしょうか。
その由来は、丹後の国の風土記に書いてありますよと、
ガイドさんが教えてくれました。それは、こんなお話だそうです。

イザナキノミコトがオオヤシマでの仕事を終えられ、天津国に帰ろうとされて、
大きなハシダテを作られました。ハシダテとは、キザハシと語源が同じで、
はしご段のことです。ところが、天津国は余りにも遠く、
ミコトは上られる途中で、一休みのために、居眠りをなされました。そのときに、運悪くハシダテが傾いて、地面に倒れてしまいました。
それが、天の橋立として、今でも丹後に残っているのです。

つまり、丹後の宮津は、天津国への入り口だったんですね。
ところで、イザナキノミコトがイザナミノミコトを追って赴かれた黄泉国の入り口は、どこにあるのでしょうか。ヨモツヒラサカといって、
出雲の国のどこかにあるそうですが、その所在はよくわかっていません。
そのうち探し当てて、是非行ってみたいと、えかきあひるは思うのです。

天の橋立は、股の間から覗くと、その雄大さが実感できるといいます。
ハヤさんあひる、オオさんあひる、イマちゃんあひるは、
後ろ向きに並んで覗き台に立つと、一斉に股を広げて、
その間に首を突っ込みました。
ハシダテは、はしごの形をして、立っているように見えたそうです。
 
 
 
 
 
 
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