壺齋散人の旅
HOMEブログ本館日本文化美術批評東京を描く水彩画動物写真プロフィール掲示板



山間の洞窟風呂につかる:越中おがわ温泉




山、落、松の諸子と越中のおがわ温泉に一泊の湯治の旅を楽しんだ。北陸新幹線に乗って黒部宇奈月温泉駅で降り、そこから差し回しのバスに乗って旅館に直行し、一晩ゆったりと温泉につかったあと、翌日真直ぐ駅まで送られ、そのまま東京に戻るというもので、観光地にはいっさい寄らず、ただひたすら温泉につかるという、至極あっさりとした旅だった。

旅館は黒部宇奈月温泉駅から東の方向へ二十分ほど走ったところにあった。山地にさしかかると長いトンネルに入り、そのトンネルを出たところに結構大きな建物が建っている。周囲にはほかに何もないから、文字通りの一軒宿である。道はこの宿で突き当たりのようになっているから、この宿のために作られたと言ってもよい。おそらく旅館が分担金を支払うことを条件にして、行政に整備させたのだろう。

旅館は清流沿いに建っている。部屋に案内されてさっそく中居さんにこの清流の名をたずねたところ、小川だという。小川はわかるがなんと言う名の小川かねと重ねてたずねたところが、掛値なしに小川という名の川なのですという。面白い名の川もあるものだと思い、この川は黒部川の支流かねと更にたずねると、どうもそうではなく、独立した流れらしい。あとでネットで調べたら、この名称のまま富山湾に流れ込んでいるれっきとした川のようである。

そういえば、宇奈月温泉は黒部川沿いにあったはずだ。筆者もむかし子供たちをつれて宇奈月温泉に一泊し、トロッコ列車に乗ったことがある。その宇奈月温泉は、北陸新幹線の駅から地方鉄道で二十分ほどのところにあると言う。

中居さんが言うには、この温泉の名物は洞窟風呂で、かの泉鏡花も入ったと言いますから、お客さんたちも是非入りなさるがいい、と。渓流を少し遡ったところにあり、歩いて七分ばかりでいけるという。われわれはまづ、この洞窟風呂なるものにつかることとした。

渓流を遡ると少し上に赤い橋が架かっていて、それを渡った先に湯屋が見える。湯屋の傍らは絶壁になっていて、そこに大きな洞穴が開いている。その洞穴に向かって温泉が湧き出すので、その湧き出した温泉を洞穴にためて人の入浴に資するという仕掛けである。

脱衣室は無論男女別だが、裸になって向かう先は同じ洞穴である。つまり混浴というわけだ。我々が入っていったときには、ほかに入浴するものはなく、無論淑女の姿も見えない。我々四人でのんびりと入浴を楽しんだ次第であった。風さらしのこととて、温泉の温度はやや低かったが、洞穴の中で湯につかるというのはまた格別の風情だ。

入用後宿に戻ってくる途中で、おばさんの二人連れに出会った。彼女らも洞窟風呂に行くつもりらしい。もうすこしのんびりしていたら、彼女らと一緒につかることになったかもしれない。

宿に戻ったあとは、屋内に付属した露天風呂につかった。こちらは先ほどの洞穴より温度が高いぶんだけ快適である。眼下には小川が流れ、その上流には先ほどの湯屋が見える。

入浴後のビールは格別にうまい。山・松組の部屋でビールを飲みながら歓談していると、窓外の斜面にカモシカの子供が歩いているのが見えた。カモシカというよりは大きな猿のように見える。それほどよく肥えているということだ。カモシカがいるということは、他にもいろいろな野生動物がいるに違いない。松子が以前来たときには、猿を見かけたそうだ。

夕食は別室で供された。土地柄加賀風の料理だ。メーンはブリのしゃぶしゃぶ。熱した湯にブリの切身をさっと通して食う。なかなかうまい。関東ではあまりみかけないが、このあたりでは人気のある料理なのだそうだ。加賀といえば泉鏡花も加賀の出だ。そこでこのおがわ温泉にもたびたび足をはこんだらしい。この温泉を舞台にした小説も書いているという。

この温泉は大昔は湯治場で、人々は食料持参でやって来たそうだ。いまのようにトンネルのある道ではなく、山道を難儀しながら歩いてきたことであろう。明治頃には、さきほど入浴した洞窟風呂のあたりに湯治の施設が建っていたらしい。いまでも決して便利な場所とはいえないが、訪れる客は結構いるようである。客の大部分は、北陸界隈からやってくるようだ。いわば富山の奥座敷といったところか。

夕食後、一階の大浴場につかったところ、これが無闇に暑くて困った。長くつかっていられない。室内にあって熱の放出がないせいだろう。

その後、山、松の両子は早々と寝てしまったが、筆者は同室の落子とともにウィスキーの水割りを飲み続けた。それでも十時頃には布団にもぐったと思う。

こんなわけで今回の旅は、節度をわきまえて、しかも湯治に専念し、あまつさえ十分な睡眠をとることに徹した。健全なる旅だったといえよう。







HOME壺齋散人の旅










作者:壺齋散人 管理者:えかきあひる  All Rights Reserved (C) 2005