あひるの旅日記
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あひるたちの九州旅行その四:長崎に過る




十一月十日。三日目は諫早湾の干拓事業の象徴である水門を見物した後、長崎の街を散策しようということになった。ホテルのラウンジで朝食をすませ、九時頃ロビーに集合する。ところが横ちゃんあひるがなかなか現れない。今ちゃんあひるが言うには、横ちゃんあひるのトイレはいつも長いのだそうだ。トイレといえば、小生は旅行中便秘がちになるのだが、今朝は三日ぶりに出たのでほっとしている。だけど一日分しか出なかったようなので、まだ二日分残っている感じがする、と言ったところ、誰かが、自分は未だに出ていませんと、うらやましそうに言った。



出発する前にオランダ舘に寄って土産物を買い、船でエントランスゲートまで行き、十時過ぎに出発した。諫早湾の水門には十一時半頃ついた。ところが水門に通じる道路は通行止めになっていて、近づくことができない。仕方なく迂回して海岸に出、遠回しに水門を見た。見たからといってなんと言うこともない。七本ある水門の支柱が霞がかって見えただけだ。諫早湾の水は濁り、浅瀬の一部が干上がっていたが、これは水門を閉めていることの効果だろうか。写真でよく見る名物のゲンゴロウは一匹も見えなかった。巻貝の殻がころがっているだけだった。

水門の近くにあるインダインダという食堂に入った。若い女将が言うには、水門を見にわざわざやってくる人は珍しいそうだ。その言い方がいかにも変人を話題にしているようなので、いや私たちの仲間に水門の研究者がいるのです、と弁明してやった。メニューを見ると、バリカレーと薬膳カレーの二種類しかない。小生は昨日カレーを食ったばかりだったが、外にないとあっては仕方がないので、バリカレーを注文した。メニューが限られている以上に残念だったのは、ビールのリザーブが一本しかなかったことだ。そのビールを少しずつ分け合って、カレーを食った次第だった。



午後二時過ぎ長崎市街に入った。まず諏訪神社というところに立ち寄った。丘の上にある神社で、急な石段を登らねばならない。本殿横手には神輿倉があって、中に三台の神輿が安置されていた。それぞれ諏訪神社、森崎神社、住吉神社と書かれてある。この神社は以上三つの神社の集合神らしいのだ。諏訪と住吉はメジャーな神社だが、森崎のほうはここ長崎に固有の神らしい。



次に眼鏡橋に立ち寄った。車を路上に停め、急ぎ足で見物した。この日は川の水量が豊かで、メガネの形がくっきりと見えた。



最後に出島に寄った。十九年前にも立ち寄ったことを覚えているが、その折の記憶はあまり鮮明ではない。今回は、出島の中の建物群がかなりよく復元されているとの印象を受けた。今現在も復元作業の最中だった。しかしご覧のように、周囲の高いビルが視界に入ってくるので、眺めとしては中途半端だ。周囲と合わせて歴史的な街並の景観保存を考えて欲しいねと皆で話し合ったところだ。

これにて今回の観光は打ち止めにしようということになり、長崎空港に向かった。空港に向かう途中にレンタカーの店がある。その店に乗っていたレンタカーを返却し、店の送迎車で空港まで送ってもらった。

空港内のラウンジで休憩した後、うどん屋に入って夕食をとり、午後九時十分発羽田行きの飛行機に乗った。そんなわけで羽田に着いた時には十一時になっていた。終電に乗り遅れては大変と、みな脱兎のごとく目指す交通機関に殺到した。小生はシズちゃんあひるとともに一階のリムジンバス乗り場に直行し、午後十一時四十分発の船橋行きに乗った。バスは高速道路を猛スピードで飛ばし、西船橋まで四十分で着いた。そこで静ちゃんあひると別れ、終点の船橋駅前で降りた。そこからはタクシーで家に帰った。家では奥さんあひるが小生の帰りを待ちながら起きていた。






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