壺齋散人の旅
HOMEブログ本館日本文化美術批評東京を描く水彩画動物写真プロフィール掲示板



ソウルの印象:ソウル滞在記 補遺


ソウルの街を歩いていて一番困ったことは、ハングル文字に通じていないために自分のいる場所に関する情報を的確につかめなかったことだ。なんとか音を割り出すことはできても、意味と結びつかない。その点漢字を通じてある程度の情報が得られる中国とは全く違う。まるで不思議の国にいるかのような錯覚にとらわれるほどだ。

一昔前の韓国では、漢字とハングル文字が共存していて、旅行者は漢字を通じてある程度の情報はえられた。ところが今では、街のどこを歩いていても、漢字は全くみられない。すべてハングル文字だ。

韓国の国語政策の変遷は知るところがないが、漢字を追放したのは最近のことのはずだ。どういう背景があって、どんな論議がなされてこうなったのか、そのうち良く調べてみたいと思う。

漢字をなくしてハングル文字だけで文章を書くというのは、日本語でいえば、仮名文字だけで文章を表すのと同じことを意味する。日本でも、かつては大槻文彦が漢字を排して仮名だけで表記することを提唱したことがあり、また最近では梅棹忠雄がかなの分かち書きを主張したこともあったが、世論の支持を得ることはなかった。仮名だけで書くと云うのは、無理なことではないかもしれないが、すでに日本文化の中に根付いた漢字を追放するというのは、色々な点で不都合があろうかと思う。筆者も基本的には漢字支持論者だ。

ある文字をハングルで表記しても、もともとは漢字である場合が多かろう。姓名などはその最たるものだ。キムとハングルで表記しても、それはもともと金と漢字で書いていたものなのだ。いまでこそ、漢字の背景をわかっている人が国民の大部分を占めているから、ハングル文字で書いた漢字由来の言葉の語源を知らない人はいない。だが何世代か後、漢字を知らない人ばかりになったとしたら、その人はハングルで表記された漢語由来の言葉をどう受け取るだろうか。

筆者は現在の韓国で行われている国語教育の実情がどうなっているか気になり、子どもにどれほどの漢字教育を施しているのか、ガイドの金に訊いてみた。するとある程度は教えているが、そんなに力を入れているわけではない、むしろ英語教育の方に重点を置いているという答えが返ってきた。どうやら韓国では、最終的には漢字を捨てて、ハングルだけで間に合わせようとの、強い決意を抱いているらしい。もしそうなった暁には、韓国語の形は今とは大分異なったものになるだろう。

韓国はかつて日本の植民地だったこともあって、日本人に対しては相当複雑な感情を抱いているはずだ。我々のような旅行者に、その複雑な感情がどう向けられるのか、旅行前には心配もしたが、ソウルの街を歩いていて、人々の表情に反日感情のようなものを感じとることはなかった。そのかわり、日本文化に対して相対的な見方をする人が増えてきたようだ。

一昔前までは相当数いたといわれる日本語を話す人たちはめっきり少なくなったようだ。若者はほとんど日本語を話さない。少なくとも街角で日本語を話す若者に出会ったことはなかった。

韓国人の表情や仕草は日本人と似ているところが多いかもしれない。中国人よりはずっと身近に感じられる。どこが似ているかと云うと、感情をむき出しにしないところや、表情や話し方に抑制されたところがあるなどである。

中国で一番驚かされたのは、交通マナーの悪さだったが、韓国人のマナーは日本人並みだった。つまりかなり良いという意味だ。交通信号を守ることは無論、無闇に警笛を鳴らしたりせず、歩行者がいれば先を譲るといった点だ。中国人は、信号はあってもないと同然、自動車が歩行者を危険な目にあわせて平然としているところがある。

その中国人や日本人には肥満した人を結構見かけるが、ソウルではあまり、というかほとんど見かけなかった。みなスマートなのである。とくに若い女性などは、背が高くてスマートときているから実に美人に見える。

彼らがスマートでいるのは、食生活のたまものに違いない。韓国料理と云えば焼肉が思い浮かぶが、彼らは日常的に肉を多食しているわけではなく、むしろキムチや海藻サラダなどの植物を多く摂取しているようなのだ。

ところで、日本人と韓国人との決定的な相違は眉毛の形にあるという珍説を、韓国風エステの札番係り男から聞いて以来、ずっとそのことが気になって、韓国人の眉毛を観察したものだ。しかし札番の男が言うほど、韓国人の眉毛は薄いとは思わなかった。その男は自分の眉毛が薄いのにコンプレックスのようなものを抱いて、それを韓国人の民族性に結びつけることで、心の平静を保っていたのかもしれない。

ソウルの街の表面的な印象は、高層ビルと低層の建物が混在しながら、全体として調和を保っているというものだった。東京より落ち着いた雰囲気といえなくもない。街のほぼ真ん中を流れる漢江が強いアクセントとなっていて、街にエレガントな趣を加えてもいる。川のある街はやはり得だと思う。

治安もよく、衛生状態も良好といった印象をうけた。北京も上海も水道の水を飲むのは法度だが、ソウルの水道は大丈夫なようだ。街角の屋台のようなところでも安心して食えるのではないか。

最近の韓国には勢いがある。日本でも韓流バブルといわれるほど、韓国文化の浸透が目覚ましい。

ともあれ、隣人同士で刺激し合うことは、悪いことではない。







HOME壺齋散人の旅|次へ










作者:壺齋散人 管理者:えかきあひる  All Rights Reserved (C) 2005