壺齋散人の旅
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陸奥小紀行一:男鹿半島




九月十九日(金)晴。午前八時過にツアーの集合場所東京駅日本橋口に着いてみると既に大勢のツアー客が集まっていた。YとIもいる。添乗員嬢の説明によれば、今回の参加者は三十四人という。ツアーの趣旨に五十五歳以上限定の旅とあるので、みな高齢の人たちばかりである。その様子を見るに、老人夫婦が大部分で、それに老嬢の仲良し仲間といったのが幾組かあり、我々のように老翁だけのグループと言うのは他にはない。ともあれ、以前紀伊半島の旅に参加した時には同行者が四十数名に上りバスも超満員と言う具合だったのに比べれば、多少はゆとりのある旅が楽しめるだろう。

東京駅八時四十八分発やまびこ四十三号に乗り、十一時三十八分に水沢江刺駅に到着する。そこより秋田自動車道を西に進み、途中西仙北サービスエリアで昼食の弁当を食い、二時過に八郎潟の干拓地を通過する。ここは広大な稲作地帯で、一面黄金色に染まっていた。関東では既に新米の出荷が始まっているというのに、まだ大部分が収穫前である。ともあれ、始めからここを目的にバスを走らせるのなら、水沢江刺ではなく秋田を起点とすればよいのにとも思ったが、奥羽国境の山岳地帯の景色もツアーの趣旨に含まれているのかもしれなかった。

午後二時四十分に男鹿なまはげ館というところに着く。名称の如くなまはげを紹介展示する施設である。なまはげというのは、この地方特有の民俗行事で、かなり古い歴史を持っているという。かの柳田國男や折口信夫も民俗学の視点から興味を示し、その由来について研究した。両者とも、これを先祖崇拝の一種と見た。柳田は、祖先の霊が年の節目に子孫を訪ね、その平安を願ったのだと解釈し、折口はこれを例のまれびとの一パターンだと考えた。

なまはげの意義について、ビデオ映像が紹介していたのを見ると、なまはげの姿形は集落ごとに違うが、いづれも真山の神の使者と考えられているという。真山は男鹿半島の中心部に聳える山で、古くから地元の人々の山岳信仰の対象となってきたということである。

なまはげ館に隣接してなまはげ伝承館というものが立っており、そこでなまはげの実演をするというので、是非もなく見物した。古い木造の建物で、内部は八畳間が二つつながっているだけの狭い空間である。そのうちの一間に大勢の見物客が陣取り、その隣の部屋でなまはげの実演が繰り広げられる。部屋の中心には囲炉裏が掘ってあり、その前に主人が坐すと、やがてなまはげがやってくる。なまはげは二人一組で、先導に案内されて部屋の中に入って来るや、乱暴狼藉の限りを尽くしながら主人と押し問答をする。問答の中身は、家族がみなまじめに働いているかについての確認である。なまはげには本来怠け者を糾弾する機能があるので、働かないで怠けてばかりいるものは徹底的にしごかれるというわけなのである。

なお、集落によっては二人一組ではなく三人一組のものもあるという。今日なおなまはげを伝えている集落は60ばかりもあるそうだ。

午後四時二十分頃に入道崎というところに至る。男鹿半島北部の岬で、北緯四十度線上に立地するという。ここからは、夕日が日本海に沈んでいく様子がよく見られるのだそうである。

午後五時過、男鹿温泉の男鹿グランドホテルに投宿する。早速温泉につかる。ここの温泉は赤茶色に濁っており、舐めると塩辛い。海に近いからだろうか。

七時近くに夕食。石焼鍋というのを実演披露される。木桶の中にクロダイのぶつ切りと野菜類をぶち込み、そこに真っ赤に熱した石を投げいれて、石の熱で湯を沸騰させるのである。使われる石は火山岩の一種で頗る堅い由。これを炭で長時間熱すると九百度近い高温になる。それをいくつか桶の中に突っ込めば、桶の水は見る見る間に沸騰するわけである。

なお、筆者は三十年ほど前に家内とともに男鹿温泉を訪れたことがあったが、この温泉にあるどの旅館に泊まったのかを始め、肝心なことを殆ど記憶していなかった。思い出したのは、ハタハタを使ったしょっつる鍋が口に合わなかったということぐらいだ。そのしょっつる鍋に使われていたきりたんぽが、今夜も出されたが、しょっつるではなく普通の醤油汁だったおかげで、何とか食えた次第である。

ところで、秋田音頭に「はつもりはたはた、男鹿で男鹿ぶりこ」というセリフがある。この「ぶりこ」のことを筆者は文字通りぶりのことだと解釈していたが、そうではなくはたはたの卵だということをバスガイドから教わった。はたはたの卵は余りにもうまいために、領主が領民に食うことを禁止した。そこで領民たちが、ハタハタではなくぶりの卵と偽って食うようになったことから、ハタハタの卵をぶりこというようになったというわけなのである。(写真はなまはげ館の内部の様子)







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