あひるの絵本
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大三島:あひるたちの日本旅行四国篇



つぎに、大三島という所に下りました。
ここには、大山祇神社という古い神社があります。
なんでも、瀬戸内海に暮らす海賊たちが、
自分たちの鎮守様として崇めているのだそうです。

瀬戸内海には、昔から大勢の海賊たちがいたそうです。
平安時代には、藤原純友という人が海賊を率いて、
朝廷に反乱を起こしました。牛若丸の義経は、
兄の頼朝に追われて逃げる時に、
海賊たちに助けられて瀬戸内海から脱出しました。
また、南北朝の頃は、海賊たちは、
瀬戸内海であばれるだけではものたりず、
   中国や朝鮮半島まででかけていって、倭寇と呼ばれて恐れられました。     
倭寇とは、野蛮な国のならず者という意味です。
この倭という文字は、大昔の中国人が日本人をさげすんでつけたものです。
ところが、私たちの祖先である当時の日本人は、
そのことを不名誉とは受け取りませんでした。
むしろ、待望の名をつけてくれたといって、積極的にこの字をもちい、
それに、日本古来の、ヤマトという言葉を訓に当てたほどでした。
あとになってから、さすがに気がさしたのでしょう、
倭のかわりに、和をもちいるようになりました。
今でも、漢和辞典とか、和訳とかいう形でもちいられる、あの和です。
中国語では、音も意味も関係のない字ですが、
日本では、音が同じワで、一致するのです。
文字通り和を重んじる日本人にとっては、
二重にすてきな字だったのでしょう。
和に大をつけて、大和ということもあります。

神社の中には宝物殿があります。
飾られて並んでいるのは、鎧、兜や刀の類ばかりです。
いかにも戦い好きの人たちの鎮守様ということがわかります。

この絵は、本殿の前に立っている楠の巨木を描いたものです。
樹齢が千数百年といいますから、神木とされるのも頷けます。
楠の木は、樟脳の原料に使われます。
つんとする匂いの殺虫剤のことです。
虫を殺すくらいですから、病気にも強く、楠は長生きする木なのです。
それで、神社の境内には、長生きのイチョウと並んで、
よく楠が植えられているのです。
あひるたちは、みな、楠にあやかりたいと思いました。







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