あひるの旅日記
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緋色ってどういうこと?:美濃・尾張の旅その七


このたびのあひるたちとの旅行では、筆者はちょっとした災難に見舞われた。筆者の詩集「緋色の愛」を静ちゃんあひるがとりあげ、「あれは一体どういうことなの?」と追求したのだ。それも最初の晩、二日目の晩、そして帰りの新幹線の車内でと、連日やむことなしという調子なのだった。

まず、最初の晩の宴会の席上、静ちゃんあひるはいきなりこう始めた。「ねえあなた、あの<緋色の愛>に出てくる女性ってどんなひとなの? 第一、緋色ってどういうことなの? あなた自身の経験なの? 白状なさい」

筆者はまずこう交わした。「馬鹿だな、君は、あれを本気で受け止めたのかい? あれはあくまでも、純粋な想像力の産物だよ。文学とは想像力の世界なのさ」

「うそ、おっしゃい、想像にしては余りにも生々しすぎるわ? ごまかそうとしてもダメよ? あなた、自分の不倫をもとにあんなエロ小説を書いたんでしょ? 白状なさい、誰と不倫してたの?」静ちゃんあひるはなかなか納得しない。彼女には人間の想像力というものの本質が分かっていないのだ。

「あれは小説じゃないよ、詩集だよ。男女の愛のやりとりをヴィヨン風のバラードにし、それを詩集にまとめたものだよ。純粋な想像力の世界だよ」筆者はこういって彼女の追及を退けようとしたが、彼女はとても納得しない。

そのうち筆者は壮大な文学論を展開し、世界の文学史上、男女の愛をテーマにした偉大な作品がいかに沢山あったか、彼女に教えてやった。そんな話をしているうちに、とりあえず彼女の追及が収まったようにみえた。

しかし静ちゃんあひるは、二日目の晩餐の席上でも、緋色の愛の話を蒸し返した。フランス料理を食いながら、チリ・ワインを飲んでいるうちに、彼女はこう言い出したのだ。「ねえ、あなた、緋色の女って、もしかしたらY子のこと?」

我々は食卓の歓談の中で、とある女性のことを話題にしていたのだったが、その女性が筆者の件の詩集に出てくる女のモデルではないかと、彼女は突然言い出したわけなのだ。筆者はギクっとした。

「ちがうよ、そんなわけがないだろう? 君は少し考えすぎだよ。君にかかっては、恋愛小説はすべて実際のモデルがなければ書けないということになる。でも実際は、すべての偉大な作家は、純粋な想像力を駆使して男女関係を描くものなんだ。僕の場合も同じだよ」

「あなたは偉大な作家なの? あなたの言い分なんて信じられないわ。 第一あんな濡れ場を純粋な想像力で書けるものかしら? きっと実際のモデルがあったに違いないわ? だから白状なさい? あの女は一体誰なの? わたしの知ってる人?」

彼女の変な推論を打破してやるために、筆者は以下のように続けた。

「君は村上春樹の小説を読んだことがあるかい?」
「あるわよ、でも感心なんかしなかったわ」
「村上春樹は、小説の中で様々なセックスを描いているだろ? たとえば母子相姦とか、姉と弟のセックスとか。 君の理屈を当てはめれば、村上春樹は自分自身がそんなセックスにふけり、それをもとに小説を描いたということになる。実際はそうじゃないよ。偉大な作家というものは、純粋な想像力から、様々なものを生み出すことができるんだ。僕の場合だって、想像力を駆使して緋色の愛を生みだしたんだ」

こういわれて、彼女は多少ひるんだ様子を見せもしたが、再び正面から筆者を攻撃した。

「でもあなたが不倫をもとにあれを書いたことは、きっと否定できないことだと思うわ。いったい誰と不倫してたの?」

「そんな言い方無茶苦茶だよ、あれは想像力の成果なんだ。たとえば<お尻に心が宿ってる>なんてのがあったのを覚えているだろ、あんな言葉は、想像力を使わなければ、思いつかないよ」

「なによ、心がお尻に宿るわけがないでしょ? そんなことを思いつくなんて、あなたが現実の女のお尻にいかれてた証拠よ、女のお尻に夢中になる余り、そこに心が宿ってるなんて妄想を抱いたんでしょ?」

彼女の舌鋒はなかなか収まらない。そこで筆者は、先日仲間の横ちゃんアヒルとしたフランス旅行のことに話題を変えて、彼女の追及をかわそうとした。

「フランスでは声を上げてウェイターを呼び寄せるのはマナー違反なんだ。客はウェイターと目を合わせて注文の意思表示をする必要があるんだ」

この一言をきっかけにして、筆者は日仏の比較文化論を展開し、彼女の関心をそんな領域にそらせようとしたのだった。その意図はとりあえず成功したかにみえた。

しかし静ちゃんあひるの筆者への攻撃はそれでやんだわけではなかった。帰りの新幹線の車内で、缶ビールを飲みながら談笑している合間に、彼女は三たび緋色の愛を取り上げたのだ。

「不倫の愛が緋色の愛だなんて面白い発想だわ。いったいどこから思いついたの? 緋色って卑猥な感じよね。あなたの頭の中も緋色になってるの?」

「いや、今の僕の頭の中はブルー一色だよ、君があまりにしつこく責め立てるもんだから、頭の中もブルーになっちゃったのさ」







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